人的資本の定義や重要視される理由、取り組み事例をわかりやすく解説
- 人的資本の意味や定義について知りたい
- 重要性を理解して、どのように開示すればいいのか知りたい
- 人的資本の具体例を知り、自社での活用に活かしたい
人的資本とは、スキルや知識、ノウハウなど、従業員が持つ能力を資本として捉える考え方です。人的資本の開示は大企業などの一部の企業で義務化され、実施し始めています。
近年、人的資本経営が注目されるのは、人材への投資に重きを置き、まさに企業の持続的な成長に欠かせないと考えられているからです。そうした背景から、これから人的資本を開示しようと検討している企業も多いのではないでしょうか。
- 【この記事でわかること】
- 人的資本の定義と人的資源との違い
- 近年、人的資本が重要視される理由
- 人的資本の開示手順と注意点
人的資本の基本を詳しく紹介しますので、開示する際にはぜひ本記事の内容をお役立てください。
人的資本とは
人的資本は従業員が持つスキルや知識を資本として捉える考え方です。しかし、人的資本の定義に一貫したものはなく、各国の国際機関や会計基準等において異なっています。たとえば、内閣官房の「人的資本可視化指針」(非財務情報可視化研究会)では、以下のように記されています。
「人的資本」とは、人材が、教育や研修、日々の業務等を通じて自己の能力や経験、意欲を向上・蓄積することで付加価値創造に資する存在であり、事業環境の変化、経営戦略の転換にともない内外から登用・確保するものであることなど、価値を創造する源泉である「資本」としての性質を有することに着目した表現である。
また、経済協力開発機構(OECD)では、「個人の持って生まれた才能や能力と、教育や訓練を通じて身につける技能や知識を合わせたもの」と定義されています。
人的資本の概念の起源は、18世紀の経済学者アダム・スミスの研究にまで遡ります。近年は、人的資本は企業経営において代替不可能な価値や利益をもたらす新たな資本として、重要度が高まっています。
人的資源との違い
人的資本と似た言葉に、人的資源があります。人的資源と人的資本の違いは、人に対する捉え方の違いです。
人的資源とは人材そのものを経営資源として位置づける考え方のため、人はあくまで消費する資源。一方で、人的資本は従業員のスキルや知識を資産として捉える考え方のため、人は資本となり組織の価値を向上させるものです。つまり、「人=従業員にかかる費用がコストとみなされるか、投資として捉えられるか」が大きく違います。
人的資本が重要視される5つの理由
昨今、注目される人的資本について、重要視される理由を5つご紹介します。
1. 人的資本開示の義務化
1つ目は、人的資本開示が義務化されたことにあります。人的資本の情報開示とは、企業が従業員のスキルや能力、知識などを公表することです。
米国では2020年、米国証券取引委員会(SEC)が上場企業に対し人的資本の情報開示を義務化。日本では、上場企業などの約4,000社に対して、2023年3月期決算から有価証券報告書に記載することが義務付けされました。
このように国内外で情報開示の義務化が活発になっています。人的資本の開示義務化について詳しく知りたい方はこちらの記事をご覧ください。
2. 無形資産の価値向上
2つ目は、無形資産の価値向上です。無形資産とは、人的資産や知的財産、データなど、文字通り形を持たない資産のこと。技術革新によりデジタル化が進む情勢だからこそ、企業が存続していくために必要な人的資本を含む無形資産の重要度が高まっています。投資の世界では、財務諸表だけでは企業の価値を評価するのに不十分とされ、無形資産により企業価値を見極めることも増えています。
3. ESG投資の重要性の高まり
次に、ESG投資の重要性が高まったことです。ESG投資とは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance、企業統治)に配慮した企業に対する投資を意味します。人的資本は、ESG投資の社会(Social)に該当するため注目されているのです。ESG投資が高まった背景には、自社利益を追求してきた代償が大きかったことにあります。これから長期的に発展するためには、このESGの3要素が必要であるという考えが広がってきました。
4. ステークホルダーからのニーズ
4つ目は、ステークホルダーからのニーズが高まったことです。ステークホルダーとは、従業員や顧客、投資家、地域社会など企業に影響を与える関係者のこと。
先ほどもお伝えしたように、投資家や株主は無形資産を評価する傾向になっています。人への投資は必要不可欠なものであり、競合優位性や企業の将来性を判断するのに重要な情報です。そのニーズに応えることで、ステークホルダーとの信頼が高まり、企業価値が向上します。
5.「 ISO30414」の発表や海外の動向が顕著
最後に、ISO30414の発表や海外での動向が顕著になってきたことがあります。ISO30414とは、ISO(国際標準化機構)が制定する人的資本に関する情報開示のガイドラインのことです。
ISO30414では、企業の人的資本状況を定量化することが目的の1つであり、人的資本の情報についての基準が明確化されました。海外では、SEC(米国証券取引委員会)をはじめ、多くの国で人的資本に関する情報開示のルールとして採用されています。
人的資本開示ガイドライン「ISO30414」とは
ISO30414とは、2018年12月にISO(国際標準化機構)によって発表された人的資本の情報開示におけるガイドラインのことです。
ISO30414に則って人的資本の情報開示することで、世界のどの国の企業であっても同じように人的資本状況を把握できるようになります。つまり、日本国内だけでなく世界の投資家に向けて、幅広く投資を募ることが可能です。ISO30414は、11領域49項目に分類されています。
領域 | 概要 |
---|---|
1.コンプライアンスと倫理 | 企業のコンプライアンスや倫理全般を含む領域 |
2.コスト | 給与や人件費など、人材にかかるあらゆるコストの領域 |
3.ダイバーシティ | 年齢や性別など、企業の人材の多様性についての領域 |
4.リーダーシップ | 社長やCEO、CHROなど、社内でリーダーシップを発揮する人材についての領域 |
5.企業文化 | 従業員のエンゲージメントやコミットメントなど、企業文化に関わる領域 |
6.組織の健康・安全・福祉 | 企業の健康経営に関する領域 |
7.生産性 | 従業員一人当たりの生み出す利益など人材と利益の関係性についての領域 |
8.採用・異動・離職 | 従業員の採用や移動、離職についての領域 |
9.スキルと能力 | 従業員のスキルや能力、その向上のための取り組みについての領域 |
10.後継者育成 | CEOなど社内の重要なポジションにおける後継者の育成についての領域 |
11.労働力確保 | 総従業員数など、企業が確保している労働力についての領域 |
ISO30414に沿った情報公開をすることは、対外的なアピールだけでなく、経営戦略と人事戦略の連動性を可視化できるなど社内にも有効です
人的資本開示でやるべき3つのこと
ここでは人的資本開示でやるべきことを3つ解説します。「人的資本可視化指針」では、人的資本開示の手順を次のように説明しています。
【引用元】人的資本可視化指針 - 内閣官房 非財務情報可視化研究会
効果的な人的資本の開示は、図のように6つのステップを踏むことが大切です。このとき、企業がやるべきことは大きく次の3つとなります。1. データの計測環境を整備する
まず自社の人材資本、人材戦略の整理をおこないましょう。ここが人的資本経営を運用するための土台となるため、一番重要な部分です。現状の確認と今後のビジョンを明確にすることで、より効果的に企業価値向上を目指せます。
次に必要なデータを収集、管理するために、データの計測環境を整備しましょう。必要に応じて、人事情報システムの導入、従業員への情報開示の説明などを検討してもいいかもしれません。このように情報収集から開示までのプロセスを確立することが、第一段階です。
2.目標とKPIを設定する
そして、目標とKPIを設定しましょう。目標は情報開示の目的や期待する成果を得るためにも、非常に重要な要素です。従業員のスキル向上や労働環境の改善など、具体的な目標を設定しましょう。次は各目標に対するKPIを設定します。KPIは、目標の進捗や成果を定量的に測定するための指標です。目標とKPIを設定することで情報開示の目的や成果を明確にし、適切な指標で状況を評価できます。
3. 現状と理想のギャップを埋める
計測結果が出たら、ステークホルダーから開示へのフィードバックを受けます。理想とする目標との距離を確認し、人材戦略の見直しをおこないましょう。 現状の把握、分析を継続的におこない、理想の姿に近づけるようにします。戦略を見直しながら、少しずつギャップを埋めて人的資本経営が実現できるようにしましょう。
人的資本の情報を開示するときの注意点3つ
人的資本の情報開示は、なんの戦略もなくただ情報開示するだけでは効果的とはいえません。ここでは、注意点について3つお伝えします。
1. 開示情報をなるべく定量化する
開示情報のデータはなるべく定量化することです。情報を定量的な指標や数値データなどに変換し数値化することで、情報の分析や比較、評価がしやすくなります。
たとえば従業員の平均給与や教育レベルなどを数値化することで、組織の人的資本の状況を定量的に把握することが可能です。
このように開示情報のデータを定量化することで、収集したデータをより効果的に活用できます。客観性があるため、ステークホルダーに対する説得力も増します。
2. 施策の説得力が増すストーリー性を意識する
ストーリー性を意識することも重要です。
人的資本経営を目指すうえで、人的資本の情報開示は、ただデータをまとめて開示するだけでは不十分といえます。企業を評価したり、施策をチェックするステークホルダーは、目標へ向けた戦略にストーリー性がないと、優位性がなく価値向上も見込めないと判断します。。逆にストーリーがあれば効果的な活用にもなります。
人材戦略に対する取り組みは、経営戦略とのつながりを意識し「取り組みに対する説得力があるストーリーになっているかどうか」を確認しましょう。
3. 独自性と比較可能性をバランスよく組み合わせる
自社独自の経営、人材戦略と比較可能性が重視される事項をバランスよく組み合わせましょう。比較可能性とは、投資家など外部のステークホルダーが他企業と比較できるデータのことをいいます。
自社ならではの特徴や取り組み、他と異なる点を強調することで独自性を出しつつ、同時に他社や業界の標準や水準との比較ができる形式で情報を提示します。
独自性と比較可能性をバランスよく組み合わせることで、情報開示がより効果的になり、説得力を持たせられるでしょう。
【ツール紹介】人的資本経営で必要な人材スキルの可視化ができる「PHONE APPLI PEOPLE」の特長や機能とは
従業員のスキルを可視化するためには、これらの情報を一元管理するツールが必要です。PHONE APPLI PEOPLEは、皆さんが連絡を取るために普段使いする電話帳、社内イントラネットのような用途で使われるサービスです。社内のメンバー同士のつながりを高めるために個々のメンバーが持つスキルや経験、パーソナリティ情報などを自己開示しあい、相互理解を深め、心理的な距離を縮めて、活発な協働を促すことが可能です。
さらに詳しい方法についてこちらの資料でも解説しております。資料ダウンロードは無料なのでぜひ、こちらをご覧いただけますと幸いです。
【事例紹介】東急株式会社|女性比率や喫煙者率などの人的資本の情報開示
【引用】東急
東急は、交通事業・不動産事業・生活サービス事業などを展開する企業です。グループ全体で「住み続けられるまちづくり」を目指し、エンターテイメント事業やホテル事業など沿線を中心に幅広くビジネス展開しています。
中期計画では「変革」をスローガンに掲げ、従業員の"個" の最大化を明示しています。長期展望としての「魅力的な沿線への進化」のためには、人材にはクリエイティブな思考や行動が必要不可欠と考え、2017年に「ダイバーシティマネジメント宣言」を発表しました。そこで、管理職を占める女性比率などの情報を開示しています。
また、従業員の安全・安心を促進するため、2016年に「健康宣言」を発表。従業員の喫煙者率・肥満者率など健康経営に関する指標も開示しています。
【まとめ】人的資本の定義や重要視される理由について
本記事では、人的資本の定義や重要視される理由について、以下のポイントを中心にお伝えしました。
- 人的資本は、従業員が持つスキルや知識を資本として捉える考え方だが、人的資本には一貫した定義がない
- 人的資本が重要視されるのは、人的資本開示の義務化が始まったことや無形資産の価値向上、ISO30414の発表など国内外での動きが活発化などの理由によるもの
- 人的資本の情報開示を行うには、自社の経営や人的戦略を整理し、ビジョンを明確にすることから始める必要がある
昨今、世界的な潮流によって、人的資本の重要性が高まっています。だからこそ、人的資本経営に取り組むことによって継続的な発展を目指し、かつ社内外に向けて情報を開示していくことが重要です。本記事が、人的資本の考え方を取り入れた経営戦略の参考として、役立てていただけたら幸いです。